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東京高等裁判所 平成3年(ネ)4534号 判決

第四四九五号事件控訴人・第四五三四号事件被控訴人

(以下「第一審被告」という。)

埼玉県

右代表者知事

土屋義彦

右訴訟代理人弁護士

鍛冶勉

右訴訟復代理人弁護士

梅園秀之

第四四九五号事件被控訴人・第四五三四号事件控訴人

(以下「第一審原告一也」という。)

飯塚一也

第四四九五号事件被控訴人・第四五三四号事件控訴人

(以下「第一審原告早苗」という。)

飯塚早苗

第四四九五号事件被控訴人・第四五三四号事件控訴人

(以下「第一審原告千百枝」という。)

飯塚千百枝

右三名訴訟代理人弁護士

山田裕祥

望月浩一郎

主文

一  第一審原告らの控訴に基づき

1  原判決主文第二項中、第一審原告一也の金四四九九万三八七五円を超えて金六五五四万五八六八円に至るまでの金員及びこれに対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払請求を棄却した部分並びに第一審原告早苗及び同千百枝の各自金一三二万円を超えて金一九八万円に至るまでの金員及びこれに対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による各金員の支払請求を棄却した部分をいずれも取り消す。

2  第一審被告は、第一審原告一也に対し金二〇五五万一九九三円及びこれに対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、第一審原告早苗及び同千百枝に対し各自金六六万円及びこれに対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を、各支払え。

二  第一審原告らのその余の控訴を棄却する。

三  第一審被告の控訴を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを五分し、その二を第一審原告らの、その余を第一審被告の、各負担とする。

五  この判決の主文第一項の2は、本判決が送達された日から一四日を経過したときは、仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  平成三年(ネ)第四四九五号事件

第一審被告は、「原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。右取消部分につき、第一審原告らの請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも第一審原告らの負担とする。」との判決を求め、第一審原告らは控訴棄却の判決を求めた。

2  平成三年(ネ)第四五三四号事件

第一審原告らは、「原判決中第一審原告ら敗訴部分を取り消す。第一審被告は第一審原告一也に対し金六〇〇〇万円、第一審原告早苗及び同千百枝に対しそれぞれ金一〇〇万円並びに右各金員に対する昭和六〇年七月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、第一審被告は控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張は、原判決事実適示のとおりであるからこれを引用する。

三  証拠関係は、原審並びに当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当事者等

第一審原告一也(以下単に「原告一也」という。)は本件事故が発生した昭和六〇年七月当時埼玉県立本庄高等学校(本庄高校)二学年に在籍する満一六歳の男子であり、第一審原告早苗、同千百枝は原告一也の父、母である(以下単に「原告早苗」、「原告千百枝」という。)こと、第一審被告(以下単に「被告」という。)は本庄高校を設置してこれを管理する地方公共団体であり、訴外大塚俊雄は右事故当時同校に勤務する教諭で同校体操部の顧問であったこと(以下「大塚教諭」という。)は、当事者間に争いがない。

二  本件事故に至る経緯及び事故の発生

以下に補足ないし敷衍するほか、本件事故に至る経緯及び事故の発生については原判決理由中の第二項に認定されている事実(原判決一六枚目裏五行目から同二〇枚目表一行目まで)と同一であるからこれを引用する。

右引用に係る原判決認定の事実、成立に争いのない甲第三号証、第七号証、乙第一号証の一ないし八、第六号証、第七号証の一、二、原審における証人大塚俊雄の証言により成立の認められる乙第三号証の一、二、原審における証人大塚俊雄(後記信用しない部分を除く)、同吉田乃史の各証言、原審及び当審における証人上原正和の証言(後記信用しない部分を除く)、当審における証人嶋田豊広の証言、原審及び当審における原告一也本人尋問の結果、並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  本庄高校体操部のクラブ活動の実情

(一)  本件事故当時(昭和六〇年七月当時)、本庄高校体操部は部員数が男子、女子併せて二〇名位であって、同校体育担当の大塚教諭が顧問として指導を担当し、二年生の訴外山田是晃が部長を、原告一也が副部長を務めていた。そのクラブ活動は、通常、平日は毎日午後四時ころから六時半ころまで、土曜日は午後二時ころから午後六時ころまで行われていたが、当時競技会で入賞するような技術の優れた部員が卒業してしまい、残った部員の多くは高校に入ってから体操競技を始めた者ばかりで、技術的にも知識の点でも未熟であり、練習に参加する男子部員は多くて四、五名という有様で、自然に大塚教諭の指導意欲も低下していた。同部の日常の練習計画は同部顧問大塚教諭が一応決めていたが、同教諭はこれについて曜日別及び種目別の練習計画表を作成してこれを体育館の壁に貼っておいただけであった。右練習計画は当初の一か月位はそのとおり実行されたこともあったが、やがて有名無実のものとなり、一貫性のある指導計画や練習計画に基づき練習が行われることはなく、まして、同教諭が自ら実技指導をしたり、体操の練習をする際の危険防止について具体的な指導を行うことはなかったし、一年担当の外部講師である訴外上原正和(以下「上原講師」という。)に事故防止や安全面の指導を依頼するようなこともなかった。殊に二年生の各部員は一応の準備運動の後各自の好みの器具を使って好みの種目の練習をするという状態であった。

(二)  日常の実技指導については、原告一也ら二年生の部員については上級生や先輩の卒業生がその指導に当たっていた。もつとも、本件事故当時には本庄高校の卒業生で昭和六〇年三月日本体育大学を卒業し、同年四月から本庄高校の体育担当の非常勤講師となった上原講師が大塚教諭に依頼されコーチとして指導していたが、同人は体操実技は大学入学後始めたばかりで、本庄高校においては専ら初心者である一年生部員を対象として指導し、また、教員採用試験を受けるため自己の練習をしていることも多く、部全体の練習状況や各自の技術を把握しそれに見合った安全指導等を計画的に行う能力が充分身についているとはいえない状態であった。もとより、上原講師は大塚教諭から依頼されていないのに自発的に原告一也ら二年生部員を対象に実技指導や安全面の指導を行うようなことはなかった。

2  原告一也の技量

原告一也は、中学時代は慢性腎炎に罹患したこともあって運動部に所属したことはなく、本庄高校入学後約半年経った昭和五九年九月同校体操部に入部した。そして、本件事故当時(昭和六〇年七月当時)には体操部の副部長ではあったが、入部後約一一か月後であり、昭和五九、六〇年度高等学校体操競技男子規定演技集(日本体操協会作成)によるいわゆる「規定問題」を連続して行える技量はなく、競技会に出場できるようなレベルにも達していなかったのであって、初心者に近く、体操競技の技量、経験ともに未熟であった。

3  本件事故に至る経緯

(一)  原告一也は、昭和五九年一二月ころからミニトランポリン(直径一メートル、キャンパスシートの部分は傾斜しており、高い部分で六〇センチメートル、低い部分で三〇センチメートルの高さがある。)を用いて、空中感覚を養うため、前方一回宙返り(空中で膝を抱え込み前方に一回転し着地する体操技、以下「前方一回宙返り」という。なお、以下この「前方一回宙返り」に途中で一回捻りを加えて後向きに着地する技を「前方一回捻り宙返り」と、空中でさらに半回転し腹部で着地する技を「前方一回四分の一宙返り」と、空中で膝を抱え込み前方に二回転し着地する技を「前方抱え込み二回宙返り」という。)の練習を始めた。原告一也はこの技の練習について、大塚教諭や上原講師から具体的な練習方法や安全策について指導を受けることはなかったが、三年生の先輩や卒業生に聞いたりして見よう見まねでこの技の練習を始めた。

(二)  そして、このように見よう見まねの練習ではあったが、昭和六〇年七月ころまでには原告一也は、ミニトランポリンを用いて「前方一回宙返り」、「前方一回捻り宙返り」、「前方一回四分の一宙返り」の各技を何とかこなせるようにはなっていたところ、本件事故の前日である昭和六〇年七月一九日、原告一也はさらに進んでミニトランポリンを用いて「前方抱え込み二回宙返り」の技を試みようとし、一年先輩の訴外嶋田豊広(以下「嶋田」という。)にそのやり方を尋ねたところ、同人から「抱え込んじゃえば回っちゃうよ。」といった程度のアドバイスを受け、「前方抱え込み二回宙返り」の練習を開始した。しかし、「前方抱え込み二回宙返り」の技は「前方一回宙返り」等の技に比べて、さらに充分な跳躍力と空中における回転力を必要とする難度の高い技であり、回転力が不足すれば頭部から落下し、大怪我をする危険性の高い技であった。ところが、原告一也は嶋田にアドバイスを受けただけで他の部員に補助・介添えをしてもらうこともなくその練習を開始し、最初は背中から落ちていたが、約一〇回前後練習した後は空中でほぼ二回転はできたものの最後の立ち上がりはできず尻餅をついて止まる程度しかできなかった。大塚教諭や上原講師は二年生部員の練習の進め方については各部員に任せ切りの状態であったから、原告一也が「前方抱え込み二回宙返り」の練習を試みたことに気がつかなかった。

4  本件事故の発生

(一)  前記七月一九日の練習終了後、翌日は一学期の終了式であったが、終了式後の午前一一時から練習をすることが部員間で決められ、大塚教諭もこれを了解した。

(二)  原告一也は、昭和六〇年七月二〇日午前一一時より少し前に同じ二年生部員である訴外吉田乃史(以下「吉田」という。)とともに体育館に行ったが、他の部員がまだ来ていなかったので両名は補助用の薄いマットを敷いてその上で準備運動を始めた。その後午後一一時を過ぎたころ嶋田が来たので、右三名でミニトランポリンを用意し、比較的厚手のエバーマットを敷いて「前方一回宙返り」の練習を始めた。その際原告一也は、吉田及び嶋田に対し、前日に「前方抱え込み二回宙返り」に成功した旨を告げて一緒に右技の練習をするように誘った。そして右三名は各自補助・介添えをして貰うことなく「前方抱え込み二回宙返り」の技を試みたが、吉田及び嶋田は危険を感じてすぐにこれを止めてしまった。当日、大塚教諭は練習開始が午前一一時からであることを知りながら、原告一也らが「前方抱え込み二回宙返り」の練習を試みた午前一一時過ぎころは体育館の教官室に入ったままで全く顔を出さず、上原講師も未だ練習に姿を見せておらず、両名とも原告一也らが「前方抱え込み二回宙返り」の練習を試みたことを知らなかった。

(三)  原告一也は、吉田及び嶋田の両名が止めた後も、前日には尻餅をつく程度までには一応達することができていたので、なお一人で「前方抱え込み二回宙返り」の練習を続け、さらに右技による着地を決めようとして、今度は伸身の姿勢で着地しようと考え、空中において一回転して二回転目の途中から膝と腰を伸ばそうとした。ちなみに、右原告一也が試みた技は、膝と腰を伸ばすタイミングの取り方が難しく、このタイミングが早過ぎると回転力を失い頭部から落下する危険性が非常に高く、それまでの「前方抱え込み二回宙返り」に比べても格段に難度が高い、危険な技であり、原告一也の前記技量からすればむしろ着地に失敗し、大怪我をする危険が充分あった。

(四)  原告一也は、最初の試技で膝と腰を伸ばすタイミングが早過ぎたために回転力を失い、二回転目の途中で着地場所に敷いてあったエバーマットに頭部から落下し、第四、五頸椎脱臼骨折・頸髄損傷の傷害を負った。

以上の事実が認められる。証人大塚俊雄は、原審において本件事故発生の二、三日前と前日の一九日に原告一也と吉田の両名が「前方抱え込み二回宙返り」の練習をしていたのを現認し、危険だから止めるよう注意した旨証言し、証人上原正和は原審及び当審において、同山田是晃は当審においていずれも右同旨の証言をするが、右証言部分は成立に争いのない甲第七号証(練習日誌)の記載、原審における証人吉田乃史、当審における証人嶋田豊広の各証言、原審及び当審における原告一也本人尋門の結果に照らして信用できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

三  被告の責任

1 ところで、課外のクラブ活動であっても、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施について顧問の教諭に生徒を指導監督し事故の発生を防止すべき一般的な注意義務のあることは当然であるとしても、そもそも、課外のクラブ活動が生徒本来の自主性を尊重し、その自発的、自主的な活動を助長することを建前とするものであり、また、それが正規の授業内における活動ではなく、通常教諭の勤務時間外であること等を考慮すれば、いかなるクラブ活動においても当該クラブの顧問教諭が右クラブ活動に常時直接立ち会って指導監督する義務があるとまではいえず、ただ、当該クラブ活動自体において、その使用する器具ないし実施する技自体のうちに高度な危険性が伴うことが予見される等特段の事情がある場合に限り、顧問教諭の立会指導義務が要求されることがあるに止まる。

そして、本件のような体操競技の実技訓練を行うクラブ活動においては、部員である生徒各人の技の熟練の度合が個々人で異なるが、初心者から段階的に各人が習得していく技量とさらにそれにより段階的に高度な技を訓練し、漸次各技を習得していくといった日々の段階的な練習が必要とされ、また、その試みる技の種目が高度なものになればなるほど、その危険性が高くなり、場合によっては死亡、重症事故を招く危険性がある。したがって、その危険性を防止するためには、指導担当教諭は、絶えずクラブ活動全体を把握して生徒の技の習得状況、熟練度に応じた技の練習をさせることにより、できるだけ危険を防止すべく綿密な実施計画を立て、これを生徒の状況に応じて実施するよう徹底させることが必要であり、具体的状況においては実技練習に立ち会うなりして生徒の習得状況を監視しかつ適切な指導を与え、もって危険を防止し、安全措置を講じなければならないことが要求されて然るべき特段の事情がある場合ということができる。

2 この観点から、埼玉県立本庄高校体操部のクラブ活動における大塚教諭のなすべき義務についてみる。

前示の事実によれば、同校体操部は新学期を迎え部員交替により実技に熟達した生徒がいなくなり、未熟練者、初心者の増えた状況にあったところ、同部の顧問である大塚教諭としては、日頃から体操部の練習に参加して部員生徒各人の実技訓練の状況を監視し、全体の実技の習得、熟練度の状況を把握するとともに、これに応じた各部員の練習実施計画を立て、かつ、これを各生徒に周知徹底して実施させるよう指導、監督するなりし、また、右の練習のために自己に代わる実技専門の指導、実技の際の介添え役といった補助者を付けたり、実技の際の危険防止のための道具、備品等を配置するなどもして、できる限りクラブ活動中の事故防止に努めるべき立場にあったにもかかわらず、同教諭は、日常の練習には殆ど立ち会ったことはなく、実技練習計画は掲示したものの具体的に実施徹底させる指導はもとより危険防止のための具体的な指導を行うこともせず、部員の自主的判断に任せていた。もっとも、全くの初心者である一年生部員の指導には外部講師の上原に依頼していたが、同講師に対して事故防止や安全面の指導をするように指示したことはなく、また実際に上原講師が部員生徒に対してそのような点の指導をしたことはなかったというのであり、また、本件事故の発生当日大塚教諭は、午前一一時から体操部の実技練習が開始されることを知っていたが、開始後も体育館内の教官室に入ったままで練習に立ち会ってその状況を監視することは一切なかったのであり、また、当時の原告一也の技量からすると、それまでに試みたがなお着地に尻餅をつく状態で完全な習得ができ得ていない「前方抱え込み二回宙返り」の技を一応こなせたとの自己判断のもとに、さらにこれに類する技であるが空中で背を伸ばすといったより難度の高い技を試みようとしたのであるが、当時の原告一也には失敗する可能性が極めて強いうえ、失敗すれば頭から地上に落下し重大な事故が生ずる可能性が予見されるような危険性の高い技の練習を試みるのを察知することができず、それ故、大塚教諭が原告一也の右試技に忠告を発することも実際に止めることもできなかった。また、万一、仮に右技を試みさせるとしても、介添えの補助者を付けることにより原告一也の身体を受け止めることによってその衝撃を緩和し、本件のような重大な傷害事故を招来することまで回避できたであろうことが充分予測でき得たはずである。

3 以上によれば、結局、大塚教諭は、本件事故発生につき同教諭のなすべき体操競技に伴う危険防止、安全措置を講ずべき義務を怠った過失があるといわなければならない。そして、大塚教諭は被告埼玉県の公務員であるから、被告埼玉県は国家賠償法一条に基づき、埼玉県本庄高校の体操部のクラブ活動中に生じた本件事故により原告らが被った損害の賠償をなす責任があるというべきである。

四  損害額の算定

1  原告らが蒙った損害額については、以下に訂正するほか、原判決理由中の第四項の1の(一)ないし(六)(原判決二六枚目表九行目から同三〇枚目表二行目まで)及び同2の(一)(原判決三〇枚目表一〇行目から同裏九行目まで)と同一であるから、これを引用する。

(一)  原告一也

(1) 逸失利益 六九六七万九〇八八円(円未満切捨、以下同様)

(2) 付添看護費用 三四六三万八五〇〇円

この関係で、原判決二八枚目表九行目から同裏二行目までを以下のとおり改める。

「六一年間(平均余命)の付添看護費用をライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると(係数は18.98)、原告一也の付添看護費用は三四六三万八五〇〇円となる。

(計算式)

5000×365×18.98」

(3) 療養雑費 六九二万七七〇〇円

この関係で、原判決二八枚目裏一〇行目から同二九枚目表四行目までを以下のとおり改める。

「六一年間(平均余命)の療養雑費をライプニッツ方式により中間利息を控除して算定すると(係数は18.98)、原告一也の付添看護費用は六九二万七七〇〇円となる。

(計算式)

1000×365×18.98」

(4) 療養のための家屋改造費等特別出費 五〇〇万円

(5) 慰謝料 一〇〇〇万円

(6) 治療費 四二七万〇二八〇円

右(1)ないし(6)の合計額は一億三〇五一万五五六八円となる。

(二)  原告早苗及び同千百枝

慰謝料各三〇〇万円

2  過失相殺

ところで、前示のとおり、原告一也は本庄高校入学後約一年半経過した満一六歳の男子であり同校の課外クラブ活動である体操部に入部して初めて体操競技を始めたものであるところ、入部後約一一か月しか経っていない本件事故当時には、ミニトランポリンを用いての宙返り系の技にしても漸く「前方一回宙返り」、「前方一回四分の一宙返り」等の技を何とかこなせるようになった程度であって、技量、経験ともに未熟であった。このような技量、経験しか有していない原告一也が、さらに難度の高い「前方二回転宙返り」を補助者の介添えもなく試みた場合、回転力の不足から着地に失敗する可能性が充分にあり、しかも頭部から落下した場合直ちに生命、身体に重大な危険が生ずることは高校二年生の体操部員の判断能力をもってすれば予見でき得たものと推認できる(現に当日一緒に「前方二回転宙返り」を試みた吉田と嶋田の両名は原告一也よりは若干技量が優れていたが危険を察知して直ぐに止めている。)。したがって、原告一也としては自己の技量等を考慮し、「前方二回転宙返り」の技を試みることを中止するか、これを試みる場合には指導担当教諭、講師の許可を受けてから、かつ、実技にあたってはその他同部の他の部員の補助・介添えを求めるかして、もって頭部から落下する危険を防止するよう自発的に努めることができたはずであった。ところが、原告一也は前示のとおり本件事故当時まだ尻餅をつく状態で着地できただけで未完成の状態であったのに、「前方二回転宙返り」を一応成功したものと安易に思い込みこの技を習得したといえないのに、なお、これより難度が高くしかも頭部から落下して生命、身体に重大な危険が生ずる可能性の高い「空中において一回転して二回転目の途中から膝と腰を伸ばし、伸身の姿勢で着地する技」を指導担当教諭、講師に相談することも、他の部員の補助・介添を求めることもなく試みたのであるから、この点において、原告一也にも過失があるといわざるを得ない。

そして、先にみた大塚教諭の過失と右にみた原告一也の過失及びその他前示の本件に表れた一切の諸事情を考慮すれば、原告らに生じた損害額の算定にあたっては、前示1の原告らの損害額から四割を過失相殺として控除するのが相当である。

そうすると、原告一也の損害は七八三〇万九三四〇円、原告早苗及び同千百枝の損害は各自一八〇万円となる。

3  損害の填補

原告一也が日本体育・学校健康センターから見舞金として一八〇〇万円、治療費として七六万三四七二円、合計一八七六万三四七二円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。右金員を原告一也の前示損害額からさらに控除すると、五九五四万五八六八円となる。

4  弁護士費用

本件事案の難度、審理経過、前示認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告らについて相当な弁護士費用は、原告一也について六〇〇万円、原告早苗及び同千百枝について各自一八万円が相当である。

5  以上のとおりであるから、本件事故により原告一也が被った損害額は六五五四万五八六八円、原告早苗及び同千百枝が被った損害額は各自一九八万円となる。そうすると、被告は、国家賠償法一条に基づく損害賠償として、原告一也に対して六五五四万五八六八円及びこれに対する本件事故発生の後である昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、原告早苗及び同千百枝に対して各自一九八万円及びこれに対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金を、各支払う義務があるから、原告らの本訴請求は右の金額の支払を求める限度で理由があるが、その余は理由がないことに帰する。なお、原告らは①国家賠償法に基づく損害賠償請求と、②被告と原告らとの学校契約関係に基づく被告の履行補助者たる大塚教諭の安全配慮義務違反による被告の債務不履行に基づく損害賠償請求とを択一的併合として申し立てているところ、当裁判所としては、右①の請求を前記の金額の限度で理由があるものと判断するから、結局原判決は右②の請求についての認容額(原告一也について金四四九九万三八七五円、原告早苗及び同千百枝について各金一三二万円、及び右各金員に対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員)の限度で相当であり、右認容額を超え右①の請求についての前記当裁判所が理由があると判断する金額に至るまでの部分(原告一也につき金二〇五五万一九九三円、原告早苗及び同千百枝につき各金六六万円、及び右各金員に対する昭和六〇年七月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員)の支払請求を棄却した部分は取消を免れないことになる。

五  以上の次第で、原判決中、原告らの右支払請求を棄却した部分を取り消し、被告に対し右取消部分に係る各金員の支払を命ずることとし、原告らのその余の控訴は理由がないから棄却し、被告の控訴は理由がないから棄却し、訴訟費用について、民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を(なお仮執行宣言につき裁量の範囲で主文第五項のとおりの期間の猶予を付すものとする。)、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宍戸達德 裁判官伊藤瑩子 裁判官福島節男)

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